東京地方裁判所 平成4年(行ウ)26号 判決 1993年3月22日
甲・乙事件原告
浅野敏行
同
佐藤昭夫
同
北田芳浩
右原告ら訴訟代理人弁護士
前川雄司
同
日置雅晴
同
黒澤計男
甲事件原告ら訴訟復代理人兼乙事件原告ら訴訟代理人弁護士
坂勇一郎
同
松田生朗
甲・乙事件被告
東京都東京港管理事務所長
三河清
右指定代理人
和久井孝太郎
外一名
主文
一 本件各事件の訴えをいずれも却下する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第一請求
被告が東京電力株式会社に対し、東京都江東区豊洲五丁目一番一一号港湾設備用地二〇九七平方メートル(以下「本件土地」という。)についてなした平成二年九月一九日付け、平成三年三月一九日付け及び平成四年四月一日付け各使用許可処分を取り消す。
第二事案の概要
一被告は、平成二年九月に東京電力株式会社に対し、東京都港湾設備条例に基づき、江東区豊洲の港湾設備用地の使用を翌年三月までの期間許可して以来、更に期間を一年間として二回にわたりこれを許可してきた。東京都の住民である原告らは、右使用許可につき、これは、右電力会社が臨海副都心開発計画地域へ電力を供給する変電所を建設するために行われたものであって、そのような使用許可は港湾設備の利用の適正・効率化に資するという右条例の趣旨・目的に反するものであり、東京都は、それによって使用料相当の損害を被っていると主張して、右三回にわたる使用許可の取消しを住民訴訟として求めた。その訴訟が本件である。
二港湾設備の使用に関する法制
東京都においては、港湾の管理・運営に関して、東京都港湾設備条例(昭和二九年三月三一日条例第三七号、以下「条例」という。)及びその施行規則等が制定されており、その内容は、本件に関係のある限りにおいて、以下のとおりである。
1 条例の目的は、港湾設備の設置、管理及び使用に関して必要な事項を定め、港湾設備の利用が適正、かつ、効率的に行われることである(一条)。
2 東京都が管理する港湾に置くこととされる港湾設備に港湾設備用地が含まれる(二条一項一二号)。
3(一) 港湾設備を使用しようとする者は、知事の許可を得なければならず(三条)、右許可を受けた者が、港湾設備の使用に当たり、特殊の設備をしようとする場合は、あらかじめ知事の許可を受けなければならない(四条)。
(二) 条例施行規則(昭和二九年六月八日規則第八四号)二七条は、港湾設備用地の使用は、知事が特に必要と認めた場合に限り許可すると規定している。また、港湾設備用地使用許可基準(昭和四二年七月一二日東京都港湾局長決定、但し、平成四年三月二七日港湾局長決定により廃止された。)は、右使用許可の要件として、①港湾の利用の増進及び管理の改善のために必要な機能を有すること、②港湾設備の機能を阻害しない使用形態であること、③港湾設備用地に特殊な設備をしようとする場合には、建物構造の場合は、簡易かつ容易に撤去可能な仮設物(基礎を持たないもの)とすること、建物の建築面積の合計が許可一件ごとに二四平方メートル以内とすることを掲げていた(争いがない)。
(三) なお、知事の右許可権限は東京都東京港管理事務所長委任規則(昭和六〇年三月二五日規則第三〇号)によって被告に委任されている。
4 港湾設備用地の使用の期間は一年とされている(一〇条一項)。
三争いのない事実
1 原告らはいずれも東京都の住民である。
2 被告は、平成二年九月一九日東京電力株式会社(以下「東京電力」という。)に対し、本件土地を、変電所設置工事用地とする目的で、同年一〇月一日から平成三年三月三一日まで使用することを許可(以下「本件許可(一)」という。)し、同年同月一九日右土地について期間を同年四月一日から平成四年三月三一日までとする使用許可(以下「本件許可(二)」という。)を行い、更に同年四月一日本件土地について、それに隣接する土地七平方メートルも対象土地に加えたうえで、期間を同年同月一日から平成五年三月三一日までとする使用許可(以下「本件許可(三)」という。)を行った(以下これら許可をまとめて「本件各許可」という。)。
3 本件各許可における土地の使用料は、本件許可(一)及び(二)の場合は月額九二万二六八〇円、本件許可(三)の場合は月額九二万五七六〇円である。
4 本件各許可を受けた東京電力は、本件土地に、地下三階、地上一階の変電所を建設中であるが、完成後の変電所を経由する電力の一部は臨海副都心開発計画地域に供給されることとなっている(右地域が右変電所の電力の主たる供給先であるか否かについては争いがある。)。
四争点及びこれに関する当事者の主張
1 原告らは、本件各許可によって使用できることとなった土地に建設中の変電所は臨海副都心開発地域への電力供給のためのもので、右許可による港湾設備用地の使用は、条例の目的外使用として違法であること、条例は、短期的かつ原状回復が容易な使用形態による使用の許可を予定しているから、半恒久的な堅固建造物である変電所の建設のための使用の許可は、条例による授権の範囲を越えること、行政財産の長期貸付については別途規則があり、これによれば相当多額の権利金を徴収することができるのであるから、これによるべきであること、右条例の施行規則は、右許可は知事が特に必要と認めた場合に限りすることができると規定しており、その使用許可基準は、港湾の利用の増進又は管理改善のために必要な機能を有すること及び港湾設備の機能を阻害しない使用形態であることとされているから、変電所建設を目的とする本件各許可は右基準に違反し、知事が特に必要と認める余地はないこと、以上の理由から、本件各許可が違法であるとして、それぞれの取消しを求め、被告は、これを争っているが、本件では、その前提として、本件許可(一)及び(二)が、いずれもその期間を経過して新たな許可に取って代わられていることから、そのような場合であっても右許可(一)及び(二)の取消しを求める訴えの利益があるか否か(争点1)並びに本件各許可が住民訴訟の対象となる財務会計上の行為である財産の管理といえるか否か(争点2)が争点となっている。右争点についての当事者の主張は、次のとおりである。
2 争点1(本件許可(一)及び(二)の取り消しを求める訴えの利益)について
(被告の主張)
本件許可(一)及び(二)は既に期間が経過して、処分の効力を失っており、これを取り消しても、現在の法律関係に何らの変動を及ぼさないから、その取消しを求める訴えの利益はない。
(原告らの主張)
本件各許可は、その使用状態を何ら変更することなく、単に使用期間を延長したものにすぎない。したがって、本件各許可は、実質的に一体のものであり、後行の使用許可はそれに先行する使用許可を前提とする関係にあるものであって、先行許可が取り消されれば、後行許可も当然に無効となり、現在の法律関係に変動を及ぼす。よって、期間経過後といえども、本件許可(一)及び(二)の取消しを求める訴えの利益はある。
3 争点2(本件各許可の財務会計行為性)について
(被告の主張)
(一) ある行為が財務会計上の行為に該当するというためには、当該行為が、その性質上もっぱら財務処理を目的とするものであること、すなわち、当該行為が、もっぱら一定の財産の財産的価値に着目し、その維持、保全、実現等を図ることを目的とするものであることが必要であると解すべきである。
したがって、ある行為が、地方公共団体の財産の財産的価値に何らかの影響を及ぼす可能性があるものであっても、それがその行為の性質上、もっぱら財務的処理を目的とするものでなく、他の行政目的の達成を目的とするものである場合には、当該行為は財務会計上の行為ではないから、住民訴訟の対象とはなりえないものである。
(二) 本件各許可は、条例三条に基づく港湾設備の使用許可及び条例四条に基づく特殊設備の許可であるが、条例の各規定によれば、これらの許可は、公共の利用に供する施設である港湾設備について、当該許可申請にかかる港湾設備の使用が、港湾設備の本来の用途・目的に沿うものであるか、港湾設備の効用を高めその効率的利用に資するものかどうか、使用形態が港湾設備の機能を阻害し或いは港湾設備の一般の利用に著しい支障を及ぼさないかどうか等を、総合的に検討したうえで決定しているものと解される。すなわち、右許可は、公共性の強い港湾設備について、もっぱら港湾管理という行政上の見地からなされる処分であって、港湾設備の財産的価値に着目し、もっぱらその財産的価値の維持や保全等の財務的処理を目的とするものではないのである。
(三) したがって、本件各許可は、その性質上、もっぱら財務的処理を目的とするものではないから、住民訴訟の対象となりうる財務会計上の行為ではない。
(原告らの主張)
(一)(1) 一般に、行政財産の目的外使用(地方自治法二三八条の四第四項)は、当該行政財産の本来の目的を達成するためのものでなく、その目的を妨げない限度で、財産の運用としてなされるもので、その財産的価値に着目してその維持、運用のためになされる財産上の管理としての性格を有するものと解すべきであり、これが運用において適正を欠けば、地方公共団体において自らこれを自由に運用することを妨げられる等の損害を被るおそれがあるから、目的外使用許可は、住民訴訟の対象となる財務会計行為というべきである。
(2) 本件各許可は、東京電力の変電所建設のためのものであり、建設される変電所は、主として臨海副都心地域に電力を供給するためのものであるところ、右変電所は港湾設備でも港湾施設でもないから、本件各許可が港湾設備及び港湾施設の敷地としての使用許可でないことは明らかであり、また、右変電所は、主として臨海副都心地域に電力を供給するためのものであることから、東京港の適正かつ効率的な利用及び管理を図るための用地としての使用許可にも当たらない。よって、本件各許可は、条例の行政目的達成のための許可であるとはいえず、行政財産の目的外使用に当たるものというべきである。
被告は、本件各許可を条例に基づくものと主張しているが、行政財産の使用許可が条例による許可と目的外使用許可のいずれに該当するかは、当該使用許可の内容たる用途の実態、存続期間等によって客観的に決まるものであって、被告が条例に基づいて使用許可したという形式を取ったからといって、目的外使用が行政目的達成のための使用許可に転化するものではない。
(二) 仮に、本件各許可が行政上の管理という一面を有しているとしても、他面において、本件各許可は、変電所という堅固かつ大規模な施設の設置を目的とする使用許可であり、その性格上臨時的でなく、長期間にわたって存続することが予定されているものであるから、当該行政財産の財産的価値に影響を与えることが明白である。したがって、本件各許可が、主として財産上の管理の性格を有することは免れず、それは、本件土地の財産上の価値に着目して、その維持、保存、運用のためになされる財産上の管理に該当するものである。
(三) よって、本件各許可は住民訴訟の対象となる財務会計上の行為というべきである。
第三争点に対する判断
一争点1について
1 本件許可(二)及び(三)は、形式上新たにされた許可であって、それ以前の許可につき、単にその期間を更新したというようなものではない。しかし、右争いのない事実によれば、本件各許可に係る本件土地の使用は、変電所の設置を目的とするもので、長期にわたる使用を前提としている。したがって、当初の土地使用許可の際においては、原則としてその使用が一年以内の短期間で終了するものとし、それを前提として、その期間内においてのみの許可要件について、その存否を判断したなどということはあり得ず、右使用が相当程度長期に及ぶものであり、その間多数回にわたり、許可がされていくことを前提として、許可要件の存否を判断したものと考えられるし、その事情は、次回以後の許可においても、同様であると考えられる。そうすると、当初の許可に違法事由があるとして取消されれば、その事由は、その後の許可にも引継がれているものであるから、行政庁は、その判決によって、その後の許可を取消さなければならないという拘束を受けるものと解される(行政事件訴訟法四三条、三三条一項)のであり、訴えの利益の観点からすれば、当初の許可に引続く許可は、その実質において期間の更新と異ならないものというべきである。したがって、本件許可(一)及び(二)の取消しを求める訴えの利益は、これを肯定することができる。
2 なお、本件各許可は、許可としては、それぞれ別個のものであるから、そのいずれについても、独立して訴えの対象とすることができるものと解される。
二争点2について
1 住民訴訟の対象は、地方自治法二四二条の二第一項に列記されている財務会計上の行為又は事実(以下、単に「財務会計行為」という。)に限定されており、これに当たらないものについては、住民訴訟においてその違法性を争うことができないものとされている。
ところで、住民訴訟は、地方公共団体の住民によって地方自治の公正を確保するために設けられた住民参政の一環をなすものであるが、それは、住民による事務監査請求の制度(地方自治法一二条二項、七五条参照)のように、地方公共団体の事務一般の非違を是正するための制度とは異なり、地方公共団体の財産が住民の租税その他の公課等の収入によって形成されていることに鑑み、地方公共団体の役職員による違法な公金の支出、財産の管理・処分等を予防し、あるいは事後的に是正をはかり、もって住民全体の利益を擁護するために、個々の住民の個人的な利益とは関係がなく、法律上の争訟とはいえない事項を訴えの対象とする制度を、特に立法によって創設したものである。
そうすると、ある事項が住民訴訟の対象となるか否かの判断も、右の趣旨・目的に沿ってするべきであり、ここにいう「財産の管理」とは、もっぱら財産の財産的価値に着目して、その維持・保全・管理等を図る行為又はそれを怠る事実をいい、一定の行政目的実現のためにする行為が一面財産の管理という性質を有し、それらの行為等がなされることによって、結果として地方公共団体に財産的影響が及ぶような場合は、そこで主として考慮すべきであるのが、行政目的実現の如何であり、財務会計の適正な実現ではない以上、これに当たらないと解すべきである。
2 これを本件について見るに、<書証番号略>によれば、本件各許可は、条例三条及び四条の規定に基づいてなされたものであることが認められる。そして、前記条例の規定及び目的に鑑みると、本件各許可は、港湾設備の利用を適正かつ効率的に行うとの目的の下で、当該使用が、港湾の利用の増進及び管理の改善に必要な機能を有する設備を対象とするものか否か、また、その設置が港湾設備本来の機能を阻害しないと認められるか否かといった観点からなされるものであって、その性質上、港湾管理という行政目的の実現のためになされる行為であることは明らかであり、もっぱら港湾設備の財産的価値に着目して、その維持・保全・管理等を図る行為ではないというべきである。したがって、本件各許可は住民訴訟の対象たる財務会計行為に該当しないものというべきである。
3 原告らは、本件各許可は、変電所という堅固かつ大規模な施設の設置を目的とする使用許可であり、その性格上臨時的でなく、長期間にわたって存続することが予定されているものであるから、当該行政財産の財産的価値に影響を与えることが明白であると主張する。しかし、性質上一定の行政目的実現のために行われるべき行為の結果として地方公共団体に財産的影響が生じるとしても、それによって右行為が住民訴訟の対象となる財務会計行為に該当するに至ることとなるものではないから、仮に原告主張のようなことがあるとしても、本件各許可が財務会計行為に当たることにはならないというべきである。
4 原告らは、本件土地の利用が本来港湾設備でない変電所の建設のためのものであり、しかも、その変電所の電力が、港湾地域でなく主として臨海副都心地域に供給される予定であるから、本件各許可は、港湾管理という行政目的でなく、本件土地の財産的価値に着目した行為ないしは本件土地を財産的に運用するために行われる行為であると主張するもののようである。しかし、財務会計上の行為であるか否かは、当該行為の性質によって決定されるべき事柄であるところ、本件土地上に設置される設備が港湾設備でない変電所であり、その電力の供給先が港湾に関係のない場所であるとしても、本件各許可は、そのような設備を設置することが、港湾管理という行政目的の見地から適正であるか否かを検討した上でなされる行為なのであって、その性質上、もっぱら財産の財産的価値に着目した行為とはいえないものである。
5 原告らは、地方自治法二三八条の二第四項の使用許可(以下「目的外使用の許可」という。)が財務会計行為であることを前提として、本件各許可は目的外使用の許可であると主張する。しかし、目的外使用の許可は、行政財産の効率的利用の見地から、行政財産の本来の用途又は目的を妨げないものについて使用を許可するものであり、必ずしももっぱら財産の運用としてなされるものともいえず、少なくとも、目的外使用の許可であれば、直ちに財務会計上の行為に該当するということにはならないというべきであり、この場合でも、当該行為が財務会計行為であるか否かは、目的外使用の許可としてなされた行為が、その性質上、もっぱら財産の財産的価値に着目して当該財産の維持・保全・管理等を行うものであるか否かによって決すべきである。また、原告らは、目的外使用の許可と個別立法によって認められる財産の使用許可が両立しえないものであることを前提としているが、両者は相互に矛盾しないのであって、目的外使用の「許可」は、地方自治法の右条項によって直接に与えられる場合と、個別立法に基づいて与えられる場合の両方を含むというべきである。
本件の場合、本件各許可がその性質上財務会計行為に当たらないことは前記のとおりであるから、仮に、それが目的外使用の許可に当たるとしても、その結論を異にするものではないというべきである。
第四結語
よって、本件各訴えは、いずれも住民訴訟の類型に該当せず不適法であるから、却下すべきである。
(裁判長裁判官中込秀樹 裁判官喜多村勝德 裁判官長屋文裕)